nerdyrebelのブックレビュー

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The Premonition: A Pandemic Story (Michael Lewis)

■概要

世界最高峰の科学者を多く擁しているの筈アメリカが、新型コロナウィルスの蔓延に無力だったのは何故なのか?『Money Ball』、『Big Short』等で有名なノンフィクション作家Michael Lewisが、この問題に斬り込みます。

 

 

■チラ読み

実は、アメリカではブッシュ政権時代の2006年にSocial Distanceを含むパンデミック戦略が策定されていましたが、現実のパンデミック危機を前にCDC(Center of Disease Control)の対応は後手に廻っていました。
代わって、ごく初期から危機を察知して情報収集・発信を続けていたのは、一部の科学者達の草の根ネットワークでした。また、CDCが指導的役割を果たさない中、カルフォルニア州保健局のNo2だったCharity Deanは現場主導で対策にあたってゆきます。

パンデミック戦略の策定

ブッシュ大統領は1918年のスペイン風邪大流行の本を読んで危機感を覚え、パンデミック戦略の策定を指示します。この中にSocial Distanceも盛り込まれていますが、これはコンピューター科学者のBob Glassが中学生の娘の科学コンクールで伝染病シミュレーターの制作を手伝ったことから始まります。その有用性を理解する専門家が誰もいないことに危機感を覚えたBobが最後にたどり着いたのが、ホワイトハウスパンデミック戦略を策定してたCarter MecherとRichard Hatchettだったのです。そして、歴史を丁寧に紐解くと、1918年のスペイン風邪でも適切なタイミングでSocial Distanceを行った都市が被害を格段に抑えることが出来いていたという事例も見つかり、パンデミック戦略の柱として採用されるのです。

Don’t wait for somebody to come and save you because nobody will come and save you.

感染症対策の難しさは、情報が出揃った時に手を打っても遅い、ということです。蔓延を防ぐには、正解が分からない中で決断をする必要があります。
 Don’t wait for somebody to come and save you because nobody will come and save you.というのは、正解が分かるまで何もしないCDCに期待することを止めたCharity Deanの言葉です。

Sin of omission and sin of commission.

CDCがリスクを取らなくなったことにも実は経緯がありました。
1976年に流行の兆しを見せた新種のインフルエンザに備えたワクチンで問題が発生し、且つ恐れていた流行が起きなかった結果、長官のDavid Sencerが更迭されてしまいます。その後CDCトップの人事は政権が握るようになり独立性が失われていったのです。
Sencerの決断が間違っていたかと言うとそうではありません。「結果論では」不要なワクチン接種でしたが、流行が起きていたら必要だった訳です。
If he had waited until he knew for sure that the deadly new pathogen was circulating, he'd likely have missed the chance to save the hundreds and thousands of lives.
Deciding on the swine flu program is like placing a bet without knowing the odds. Not deciding on the swine flu program was also like placing a bet, also without knowing the odds.

意訳

本当に病原菌が広まっていると確信が持てるまで待っていたら、気が付いた時には数千・数万人という命を救うチャンスを失っていただろう。
伝染病への対応で意思決定をするということは、確率が分からない賭けをするようなものだが、「意思決定をしない」ということも、同じように確率が分からない賭けをしていることになるのだ。


David Sencerの後任だったBill Foegeは、彼がDividの立場だったらどうしたかと議会で尋問された時の答えは
I don't know. But I wish I had courage to do the same thing as David did.
(意訳)分かりません。ですが、Davidと同じことをする勇気を持てたらと思います。

でした。

【感想】Michael Lewisの作品の中でも最高傑作

パンデミック戦略が生まれる過程の描写は、『Money Ball』で統計学が大リーグ経営に採用される過程の描写と同じく、Michael Lewisの真骨頂で夢中で読んでしまいます。
武漢で密かに始まった伝染病の脅威についてCarterが発する警告が無視され、パンデミックアメリカを襲ってゆく様子は、『Big Short』で描かれたサブプライムローン崩壊前夜の様子と似ています。どちらの作品でも、Nobody's paying attention という言葉がありました。
Michael Lewisの作品の中でも最高傑作だと思います。
アメリカのパンデミックが舞台の話ですが、決めることdecision makingについて考えさせらる作品だと思います。